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東京高等裁判所 昭和38年(ツ)85号 判決

上告人 間彦ちよ

被上告人 塚越伊兵衛 外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について、

現行農地法が昭和二十七年七月十五日法律第二百二十九号をもつて公布、同年十月二十一日から施行せられたものであることは所論のとおりである。しかしながら原判決の判示によれば、原審は、本件土地中原判決添付目録(二)記載の畑十八坪二合は契約当時の現状も畑であつたので、昭和二十五年十一月八日宅地に転用するため知事の許可を条件とする売買契約がなされたとの事実を認定している。右契約当時施行せられていた豊地調整法においても、農地の所有権の移転、又は農地を潰して耕作以外の目的に供する場合には、いずれも知事の許可を受けなければならないとされていたのであるから、上記原判決の判示に徴すれば、原判決の表現は不正確であるとのそしりを免れないが、原判決に農地法とあるのは当時施行せられていた農地調整法を指称するものと解し得られないものではない。原判決には所論のような法令の適用を誤つた違法はないことに帰するから、論旨は理由がない。

同第二点について、

本件土地の売買契約当時施行されていた農地調整法第四条によれば、農地の所有権移転については知事の許可を受けなければばならず、右許可を受けずになした行為はその効力を生じないものと定められていた。従つて農地についての売買契約がなされても、その所有権の移転には同条に定める知事の許可がなければ、その効力を生じないのであるから、当事者が知事の許可を条件として売買契約を締結した場合は、知事の許可を法定条件とする法律行為をなしたものと解すべきである。しかしながら、同法にいう豊地に該るかどうかは、その土地の事実状態によつて決定せられ、土地台帳等に記載された地目とは関係なく、現に耕作の用に供せられている土地を農地というものであることも同法の明かにするところである。従つて、売買の目的とされた農地が、事実上潰されて宅地とされた場合においては、もはや右土地は同法にいう農地に該当しないことになり、その所有権移転について同法第四条の適用外となるものと解しなければならない。もつとも、同法第六条によれば、農地を潰して耕作以外の目的に供しようとするときは、知事の許可を受けなければならないものとし、これに違反して農地を潰した場合には罰則の適用を受けるものと定めていた(同法第十七条の五)。農地を潰して宅地等に転用することは事実行為であり、右農地調整法第六条に違反し、知事の許可を受けずにこれをなしても有効、無効の問題を生ずる余地がないのであるから、右規定がいわゆる取締規定に過ぎないことは明かである。以上のようにみてくると、売買契約当時には現況が農地であるため、その所有権移転について知事の許可を条件とする契約をなしたが、右知事の許可手続をする以前既に潰されてその現況が宅地とせられた場合においては、右土地の所有権移転についての知事の許可は不必要となるに至つたのであり、いい換えれば、所有権の移転について法定の制限は存しなくなつたのであるから、上記知事の許可を条件とする売買契約は、無条件のそれに転換されたものと解するを相当とする。このことは、所論現行農地法第四条、第五条の適用についてもその解釈を異にするものではない。もつとも、右のように解すると、農地の移動を統制しようとする豊地調整法又は農地法の規定を潜脱する結果を是認することとなるきらいがないではないが、農地調整法等の規定が上記のようなものである以上、農地の潰廃は罰則の適用ないし行政上の指導においてこれを抑制するのほかはなく、既に農地でなくなつた土地についての私法上の効果はこれを否定し得ないものといわなければならない。原判決の確定した事実によれば、上告人は昭和二十五年十一月八日被上告人塚越に対して本件土地を含む七十五坪の土地を代金を一坪当り金八百円と定め、そのうち原判決添付目録(二)記載の畑十八坪二合は当時現況も畑であつたので、宅地に転用するため知事の許可を条件として売渡すことを契約し、本件土地の引渡及び代金の授受を了したが、本件土地附近一帯は住宅地となり、上記畑十八坪二合の現況は明白に宅地であるというのであるから、原審が前記説示したところと同一解釈のもとに、右畑十八坪二合についての条件附売買契約は、右土地が宅地となつたときから無条件の売買として完全な効力を生じ、被上告人塚越はその所有権を取得したものであると判断したのは正当といわなければならない。原判決には所論のような法律の解釈適用を誤つた違法はないから論旨は採用しえない。

同第三点について、

原判決の判示はやゝ正確を欠くきらいがないではないが、これを善解すれば、原審は「上告人は昭和二十五年九月十三日被上告人塚越に対し、本件土地を含む九十坪の土地を一坪当り金八百円で売渡すことを契約し、同日内金として金一万円を受取つた。その後同年十一月八日右土地のうち十五坪について合意解約し、売買の目的を七十五坪と決定したので、残代金は五万円となつたところ、上告人は共同井戸を作る費用として金四千円を被上告人に預けることを約したので、結局、被上告人塚越が上告人に支払うべき残代金は金四万六千円となり、被上告人塚越はその頃現金で右残代金を完済したのであるから、結局上告人は昭和二十五年十一月八日被上告人塚越に対し右七十五坪の土地を一坪当り金八百円で売渡したものである」との事実を認定したものと理解することができる。原判決の引用する第一審判決の事実摘示によれば、被上告人塚越は右と同趣旨の主張をなしていることが明かであるから、原判決には所論のような事実と理由にそごは存しない。また、原判決の判示によれば、原審は被上告人塚越は昭和二十五年十一月八日ごろ引渡を受けた本件二筆の土地上に本件建物を建築し、本件畑十八坪二合の土地も現況は明白に宅地であるとの事実を認定しているのであるから、原審が右土地を宅地と認定判断したのは相当であつて、この点についてもなんら理由不備の違法はない。原審が昭和二十九年四月道路敷として茨城県に買収された土地のうち八坪については権利移転について知事の許可を受けていないから、被上告人塚越はその所有権をまだ取得していないとの認定判断をなしていることは所論のとおりであるが、原審は右土地は買収当時の現況が農地であつたとの事実を認定したうえ、上記の判断をなしているのであるから、このことと、上記本件土地十八坪の所有権取得との判断とはなんらそごするものではない。原判決には上告人の主張するような理由そご又は理由不備の違法は存しないから、論旨は理由がない。

よつて、本件上告は理由がないから、民事訴訟法第四百一条によりこれを棄却することとし、上告費用の負担については同法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 江尻美雄一 杉山孝)

(別紙)上告理由書

第一点

原判決は、本件土地売買契約の農地に関する部分が宅地転用の為め知事の許可を条件とする契約で右転用許可を未だ得ていないが右土地の現況は明白に宅地であり附近一帯は住宅地であると認定した上、農地法において権利移動および転用の制限の対象となるものは現況農地たるものであつて既に宅地化している以上それが転用許可前に違法に宅地化されたものとしても罰則に触れることは格別農地法上もはや知事の許可を必要としないものと解すべく従つて右停止条件附売買契約は、当該農地が宅地となつたときから無条件の売買として完全に効力を生ずると解すから、上告人は被上告人塚越に対し、右土地の所有権移転登記手続を為すべき旨判決した。

一方原判決は、右売買契約の締結が昭和二五年九月一三日または、一一月八日(この何れと認定したかの点については後述する)為され被上告人塚越が昭和二五年一一月八日頃買受土地上に建物を築造した旨認定しているのであるから、この頃右農地は宅地化したものと言うことができる。然りとすれば前述の如く、原判決は、当該農地が宅地となつたときから知事の許可を必要とせず売買契約は効力を生ずるとするのであるから、右の昭和二五年一一月八日頃右売買契約はその効力を生じたことゝなる。然るところ右契約が締結され又、その効力が生じたとする昭和二五年当時は農地法は存在しなかつた。従つて、原判決が為す農地法上の農地に関する解釈は本件の場合に適合せず、原判決は法令の適用を誤つた違法がある。

第二点

百歩譲つて農地法の適用ありと仮定しても、原判決の如く農地法の農地権利移動等の制限規定が刑罰問題を別として、事実上宅地化された場合、その原因の如何を問わず適用されないとして被上告人の請求を認容したことは農地法をその解釈を誤つて適用したものと云わなければならない。

農地法に所謂農地とは現況農地を云うもので、公 上の地目により決定せられるものではないことに異存はない。併し乍ら、それは本件の如く売買契約時に農地だつたものがその契約当事者によつて違法に宅地化された様な場合を含むものではないと解すべきである。仮に農地法の禁止規定を無視して、知事の許可を効力発生条件とすること無く農地を売買転用しようとする者ありとする。斯る場合当事者は先ず契約を締結し、その契約の履行として売渡人は当該農地を買受人に引渡し買受人はこれを予定通り農地以外のものに転用するであろう。斯る場合、原判決の解釈に従えば当該土地は現況が農地以外のものとなつたのであるから、農地法の適用はなくなりその処分は当事者の自由意思に任され、当事者は右売買につき再度契約することは妨げないことゝなり、当事者の何れかゞ右売買を飜意しない限り事実上、譲渡の目的は達成されてしまう。この結果より見れば農地法の規則を無視して、売買を強行する場合と一応右規制に服して停止条件附契約を締結し、爾後移転を強行してしまう場合との間には、所有権移転という効果に於て差異はない。結局この間の差異としては、売買当事者が右契約締結後、何等かの理由により右売買契約の効果を否定しようとする場合にのみ、後者では覆えし得ぬに反し前者では契約自体の無効を主張してこれを為し得るに過ぎない。

農地法第五条第三項の規定が斯る効果の発揮を期待したものとは到底考えられない。

一般に禁止法令に反する契約の有効無効は当該法令が罰則問題は別として、契約の効力まで左右しないものと解釈される所謂取締規定か或は、その効力を否定するものと解釈される所謂効力規定かを当該禁止の目的その他を考慮して決定する解釈問題とされている。然るに農地法第五条の禁止規定は特に明文を以て、これが効力規定たることを明確にしているにも拘らず、原判決は恰も、これに取締規定たるが如き結果を認めている。原判決は、本件売買契約が停止条件附であつたから一応無効ではないとし、条件成就を必要とせぬ状態になつたものであるから売買契約の有効、無効には関係はないという考え方を採つているのであろう。成程右条件成就を必要とせぬ状態に到つた原因は宅地化したという事実ないし状態であるから、法律行為の有効無効の問題ではないと考えられるかも知れぬ。併し、それは禁止されている法律行為たる売買自体の実行として当事者により為されたものである。売買を規制しても、その実施を野放しにし、その実施の結果により戻つて売買の規制を排除するが如き規制は効力規定としての効果を期待できないのであつて、農地法第五条第三項が斯る結果を意図したとは到底考えられない。

農地法による知事の許可を条件として締結された売買契約に基き許可が無い間に事実上為された宅地化は違法状態に在るもので、違法状態に在る場合には、その法律が効力規定たる限り、法律上はその違法状態は否定されたものとして取扱わるべきものである。従つて現在宅地たる状態を呈していても知事の許可を要することは当然と言わなければならない。

尚、原判決理由中に前記の如く「附近一帯は住宅地であることが認められ」と述べているがこれが同判決のいう所謂「宅地化」と考えられない。蓋し、これに続く理由説示に「罰則を科せられることは格別云々」とある点等よりして明白であろう。

第三点

原判決は左の通り、理由そご、不備の違法がある。

(一) 原判決は、事実摘示に於て被上告人等が本件売買契約は昭和二五年九月一三日締結されたと主張する旨述べていながらその理由第二項に於ては被上告人塚越は昭和二五年一一月八日成立したと主張する旨述べ、事実と理由とがそごする。而して、その判断としては同項中途に於て九月一三日に契約締結、一一月八日に一部解約と認定し、結論では一転して一一月八日に契約締結と為し、第七項及び第九項では一一月八日契約締結と述べて居り、これ亦そごする。

斯るそごは判決の決論に影響無きものゝ如くに見えるがそうではない。元来本件は、被上告人側が九月一三日に売買成立したりとして甲第一号証を提出し、上告人はこれを争い、同証の成立を否認し一一月八日に代金未決定の儘譲渡予約をし旨主張して、乙第一号証を提出しているのであつて売買が何時成立したかの判断は証拠の取捨、延いては事実認定全体に十分影響を齎らすものと云わねばならない。原判決の如く、或は九月一三日であるかの如く、或は一一月八日であるかの如き、曖昧な認定を以てした事実認定には全面的に承服できない。

(二) 前項記載の如く、本件農地が宅地化したのは原判決認定事実よりすれば昭和二五年一一月八日頃と考えられ従つて原判決の農地法解釈に従えば、その頃知事の許可は不要となり、その所有権は被上告人塚越に移転したものと言える。然るに原判決は、その理由第八項で茨城県に買収された土地中農地八坪については県知事の許可を得て居らず被上告人塚越は所有権を取得せずと認定し、その分の不当利得返還請求を斥けている。これは原判決自らが前記農地法の解釈を否定しているものであつて理由にそごがある。

(三) 本上告趣意第一点の法律適用の誤りや、前項記載の如き矛盾を統一的に解釈しようとすると、必然的に原判決が云う宅地化とは如何なる意義を有するかゞ問題となるが、原判決はこれに関し何等の説明をもしていない。通常は宅地とすること、即ち、端的に云えば建物を築造し、その敷地として使用を開始することを云う。若し、原判決が斯る意味以外の意味を含めてこれを使用したとすればその説明を欠くから理由不備の違法ありと云うべきである。

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